「LGBT化強制」に変わりつつある「LGBTとの共生」(ナザレンコ・アンドリー)


在日ウクライナ人 政治評論家

ナザレンコ・アンドリー


欧米諸国が長年悩まされた左派系LGBTプロパガンダは近年、日本にも浸透し始めた。それを広げている活動家が、相変わらず「人権」や「共生」といった響きのいい言葉で自分たちの運動の正当性をアピールしようとしているが、彼らが目指すのは、本当に「誰もが住みやすい社会」なのだろうか?


欧米が歩んで来た道を見ると、その「善意」を疑わざるを得ない。この記事では、LGBTを含む左派の反差別運動はどのようにして欧米で始まったのか、どのような悲惨な結果をもたらしたかについて述べていきたい。


まず、「人間は皆平等で、誰もが自分の属性を理由に差別されるべきではない」という前提を否定する現代人はほとんどいないだろう。これは当然の感覚であり、反差別運動の本来の姿だ。


ところが、反差別運動が左翼系活動家に乗っ取られたせいで、要求の内容には大きな変化が起こった。平等の追求はもはや見られない。今見られるのは「特権の強要」、もしくは「マイノリティ少数者のみが生きやすい社会構築の願望」だ。そういうわがままは、「アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)」という便利な言葉で正当化されるが、実質的に差別そのものである。


左派系LGBT運動も例外ではない。初め活動家の言い分はこうだった。

「二人の大人は、相互の同意があれば、ベッドルームで何をしたっていいじゃん! 他人が口を出すべきことではない」


しかし、いつの間にか、ベッドルームではなく、都市の中央通りで全裸に近い服装の男たちが性具を振りかざしながら行進することが日常化してしまった。

異性愛者が同じことを公共の場ですれば非難されるだろう。しかし、同性愛者がすると「プライド・パレード」となる。だが、そのダブルスタンダード(二重規範)を批判すると、「差別主義者」のレッテルを貼られ、バッシングを受けることになる。


「それは表現の自由だ。パレードを見に行かなければいいだけではないか」と思う人もいるかもしれない。しかし、そう簡単な問題ではない。過剰に性的なパレードに対する社会的容認が得られると、次に台頭するのはポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)文化や少数者枠。能力に関係なく役員の何パーセント以上が性的マイノリティでなければならない(不当に冷遇を受けたマジョリティーは無視し、その枠が実際に社会にいる性的少数者の割合を大きく上回る)、どんな映画やアニメでも必ず同性愛者のキャラクターがいないといけない(異性愛者は一人も登場しなくてもいいが)等々。そこでマイノリティ特権が成立する。


次の段階で、マジョリティ(多数派)に対する攻撃が始まる。マジョリティであること自体が罪の類として扱われ、ごく普通の人に「あなたは何もしなくても加害者なのだ」といった無根拠の罪悪感が植えつけられる。ここまで許してしまえば、さらに深い闇が待っている。

その一例を紹介する。7歳の男の子James Younger(ジェームス・ヤンガー)のストーリーをご存知だろうか?


彼の両親が離婚し、ジェームスは母親と暮らすことになった。ところがある日、その母親は「ジェームスが女の子のおもちゃを好んだり、女の子キャラクターの真似したりすることがある」から、彼がトランスジェンダーだと決めつけ、勝手に女の子として育て始めた。さらに、彼の男としての成長を止めるホルモン・ブロッカー(第二次性徴遮断薬)まで投与しようとした。これは児童虐待で、LGBT化の強制ではないだろうか?


日本では子供の性別移行治療には慎重なアセスメント(事前の調査・分析)が必要とされるが、欧米ではまだ責任能力のない子供を混乱させ、半強制的にトランスジェンダーにする例が他にも多数ある。鳥肌が立つほど恐ろしい話だが、現在の米国バイデン政権は子供を守ろうとしないどころか、バイデン大統領自らが「8歳でもトランスジェンダーになりたいと言うなら尊重する」とまで言い切った。


幸いなことに、ジェームスの父親が常識ある人物で、元妻を訴え、長い裁判を経て何とかその虐待を止めることができた。ただ、もし親が二人とも「リベラル」だったら、誰も救いに来てくれなかっただろう。そのような最悪の場合、彼がデイヴィッド・ライマー(女性として育てられたため精神的に病み、自殺死した男性)と同じ運命になったかもしれない。


日本も無関係ではない。欧米と比べ、まだ常識的な方とはいえ、すでにおかしな動きは始まっている。千葉市の「LGBTを知りサポートするためのガイドライン」のことだ。2018年に定められ、学校では「父、母、夫婦」といった「性を決めつける日本語の使用」を控えるように教職員に呼び掛けるもの。自然言語(人間が意思疎通のために日常的に用いる言語)を人工的に変えることによって当たり前な家族観を壊す試みであり、「言葉狩り」に他ならないが、声を上げる保守派は少ない。このままいくと、いつか日本でも小学生がホルモン・セラピーや性転換手術を受けさせられる日が来るだろう。


最後に、憲法改正の議論が活発化するにつれて、国民の国防意識も高まりつつあると感じるが、愛国心が強い方にこそ、「国を守ることは、家族を守ることから始まる」と肝に銘じていただきたい。有害で狂った思想の浸透も、侵略の一種。後々後悔しないように、被害者が出るまでに止めよう。でないと日本は、戦争せずとも滅びるだろう。


【参考資料】

千葉市「LGBTを知りサポートするためのガイドライン」

Fair Space (フェア・スペース)

LGBTなどに関するフェアな情報サイト