在米日本人女性 Blah
(前編はこちら)
実際のケースを例に挙げよう。ワシントン州に住む16歳の少年Aはイスラム移民の家庭に育った。昨年10月、息子Aの自殺願望が高まっていることを案じ、Aの父親はシアトルの子供病院に彼を入院させた。
数日後、病院から送られてきたEmailには「‟娘”さんをジェンダー・クリニックへ連れて行くことを勧めます」とあり、父親は驚く。医師が息子を娘扱いしていることにも、新しい女性名で呼んでいることにも強烈な違和感を覚えた。セラピストやカウンセラーと面談しても「娘さんの自殺願望を取り除くには性別を変更するしかない」と言うばかり。
「少年Aは優秀な子供だが、自閉スペクトラム症が学校生活を多少困難にしていた」と父親は言う。思春期に差し掛かり、性愛に目覚める周囲との差も感じていたらしい。コロナによるロックダウンの中、少年Aはインターネットに没頭する。調べていた恋愛指南のあれこれはいつしか目に止まったトランスジェンダーへの興味に変わったようだ。自閉症にありがちなフォーカスで寝る間もなくネットにかじりついた。
精神科医のSusan Bradlyは「孤立しやすく一つのことに偏執しがちな自閉症の子供が、一見その孤独や違和感を完全肯定し『唯一無二の仲間』として受け入れてくれるトランスジェンダーという存在を渇望することは大いにあり得る」と説明する。確かにLGBTとそのアライ(味方、同志)には例外なく、「我々の苦しみは我々当事者とアライだけが共有できる。理解されず死んでいった同志、そして今日も差別に苦しむ仲間のため、我々を受け入れない者は親と言えども敵と見做さねばならない」というある種の強迫観念が浸透している。疎外感を感じていた少年AはLGBTの虹に無償の愛を見たのだろうか。
コロナ禍の規則により少年Aの父親は息子との面会ができなかった。そのため息子は錯乱と鬱状態の中で医療関係者やソーシャルワーカーと話す内に、「自分はトランスジェンダーであり、メンタルヘルスは性別違和が原因」と結論付け、理解なく彼を病院に閉じ込めた父親を憎むと決めたようだった。
欧米のジェンダー医療現場ではGender affirming care(ジェンダー・アファーミング・ケア)、すなわち「トランスジェンダーの人々が自認するジェンダーを尊重する医療」が義務付けられている。加えて少年Aの住むワシントン州では、州法により13歳から保護者の許可なく精神科への通院・入院を自身で決定することができる。また保険会社や医療関係者はそうした未成年者のセンシティヴなカルテ―すなわち「性別違和」や「ホルモン療法などによる性別移行治療」、「性別適合手術」などの記録―を患者である子供の許可なく保護者に公開することは禁じられている。またこれらの手術は保険が適用される。
これはどういうことか。例えばこんなシナリオが考えられる。日本の中学1年生にあたる7年生(13歳)が、親に内緒でジェンダー・クリニックを訪れ、担当医に「性別違和」を訴える。医師はその「性自認」を「尊重」せねばならないので、そのまま患者の意向を汲む形でカウンセリングや二次性徴抑制剤、ホルモン補充療法などに移る。治療の内容は保護者に知らされず、介入も許されないまま、しかし保護者の支払う健康保険の適用内で子供の「ケア」は進行していく…。
前出『Irreversible Damage』のShrierは、「摂食障害に苦しむ痩せた子供に『あなたの言う通りあなたは太っているから抗不安薬で食欲を抑えましょう』などという医師はいない。しかし自称トランスジェンダーの性別違和に限っては、性自認が男なのでホルモン治療を始めたいという少女に、『あなたがそう思うならあなたは男性です。早速テストステロンの処方箋を書きましょう』という患者主体の医療がまかり通ってしまう」と疑念を露わにする。
このような親の介入を要しない「子供主導」のジェンダーケアが可能なのはワシントン州に限った話ではない。2015年よりオレゴン州では15歳以上の子供は親の許可なく二次性徴抑制剤やホルモン投与による治療が可能であるし、カリフォルニア州では2019年から12歳以上の養護施設にいる子供達にも同様の権利を認めている。
また、こうした進歩派リベラルの「圧」は各組織・行政機関に浸透している。医療機関はもとより、未成年保護シェルターや人権弁護士、社会福祉士も結託し子供達を「トランスヘイター」である親の庇護から引き離す。ワシントン州においては16歳から親の保護下を離れ、親権から解放されるための嘆願が可能であり、自由を求める子供達にそのプロセスを指南する支援者もいる。
2012年の時点で若者ホームレスのおよそ40%がLGBTQ当事者であったという統計があり、一見「家を勘当されたのでは」と思えるが、実情はかなり異なるのである。「自分は男だ」と言い張る愛娘に「それは気の迷いよ」と反論したためにトランス差別者と見做され、こっそりホルモン療法を開始しシェルターに逃げ込んだ娘に会うことも叶わず… などというケースは珍しくない。子供達がLGBT「アライ」に籠絡されてしまうのだ。
さて、息子Aの担当医から「‟娘”さんをジェンダー・クリニックへ連れて行くことを勧めます」というEmailを受け取った後、不穏な匂いを嗅ぎ取った父親は知人の精神科医と弁護士に相談した。
そして「性別違和を訴える子供と親のトラブル」に詳しい彼らのアドバイスを得て、父親は息子を無事に取り返すため一芝居打ったのである。父親は「息子Aの性別違和に何の疑問も抱いていないし、ジェンダー・クリニックへの通院など全面サポートをしていく」と担当医に告げて、息子を退院させ共に帰途に着くことができた。
「あのEmailはわたしをテストするためのものだったと思います」と父親は振り返る。「わたしがあの時『何をバカなことを言っているんだ、わたしの息子は男だ』なんて医師に反論していたら、息子はジェンダー医療の闇に絡め取られてしまっていたんじゃないか」と。
家族はその後、ワシントン州外に引っ越した。少年Aは現在自殺願望もなく、自分がトランスジェンダーだとも思っていない。彼を担当する自閉症セラピストによれば、少年Aは凄まじい知能の片鱗を見せ、今は哲学に傾倒している。と同時に妹とアニメ“My Little Pony”に夢中になる子供っぽい面も見せるのだそうだ。
幸いにも少年Aと家族は日常を取り戻すことができたが、LGBTに心酔する子供達と親達の悲劇は到底語り尽くせない。未成年のトランジション(性別移行手術)という自分探しの旅は、しばしば耐え難い副作用や深い後悔、生涯消えない傷を伴う。来た道を戻るように、切り取られた乳房を再び接着するようなディトランジション(性転換の取り止め)は、決してできない。LGBTキッズの低年齢化は凄まじく、3歳の「性自認」を親が嬉々としてSNSに報告したり、乳幼児サイズのパッカー(ズボンの下に着用し股間を膨らませるための人工ペニス)が堂々と販売されたりしている。代理ミュンヒハウゼン症候群の亜種のように、幼い我が子をトランスジェンダーに仕立てる親すら出てきたのである。
先日、「LGBT法案」で揺れていた日本のTwitter上で、わたしはある17歳のツイートを見つけた。
「男性にも女性にも魅かれる、ただ女性との結婚願望が強い。わたしはLGBT[Q](クエスチョニング)だ。親に一蹴されて辛い。生きにくい。こんな社会では幸せになれない」。そのリプ欄には「涙が出た!」「勇気を貰った!」「共に戦おう!」と彼女を鼓舞するLGBT活動家が集まった。いずれもANTIFAなど極左暴力組織や他の左翼運動家と関わるアカウントばかりで、ある種の気味悪さを禁じえなかった。17歳の不安定な性の揺らぎを巧みに利用し、自らの政治運動に籠絡せんとする無責任な大人達である。
LGBT運動が子供達に与える影響は、日本社会が欧米から早急に学ぶべき問題である。決して対岸の火事ではない。虹色に輝く光の向こうには、傷ついた子供達の心と体が深く影を落としている。
本文と挿絵:Blah(Twitter: @yousayblah)
【参考文献】
“Irreversible Damage -The Transgender Craze Seducing Our Daughters” by Abigail Shrier (Regnery Publishing, 2020)
“When the State Comes for Your Kids -Social workers, youth shelters, and the threat to parents’ rights” by Abigail Shrier (www.city-journal.org/transgender-identifying-adolescents-threats-to-parental-rights)
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